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“女のいない男たち”を読む。 [本]

久しぶりに村上春樹の新刊を購入した。“風の歌を聴け”以来、新刊が出るごとに購入していたのだけれど,最後に買ったのは“ノルウェイの森”だから26〜7年ぶりか(笑)。“ノルウェイの森”を読んだ時の“あっ、僕の村上君じゃない!(笑)”という違和感はずっと尾を引き,読まなくなってしまったのだ。この頃では,他の本でも図書館で検索しリクエストを出しそれを借出し,それで済ませている。読んだ中で購入する気になるのはほんの少しだ。今回,新聞の書評を見ていたら“女のいない男たち”という魅力的な題名にこころ引かれ、その日丁度,渋谷に行くついでがあったので駅の上のブックファーストで購入した。写真はAmazonから転載した。
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何だか久しぶりに古い友達にあった感じ。僕が言う事ではないけれど,お話を作るのがすごくうまくなった感じ。ああ君はやっぱりダンスをうまく踊ろうと一生懸命だったんだと嬉しくなった。各編みんな面白い。村上春樹が苦手で取っ付きにくいと読みもしないで(失礼)感じている人にも安心してお勧めできる。読みもしないでと書くと君も同じじゃないと突っ込みが入るだろうけど(笑)。

まごうかたなき村上ワールドなのだけど、向田邦子さんの文を読んでいる時に感じる空気感があるのが面白かった。表紙の絵は編中の「木野」からとっていると思う。木野には読むからに心地良さそうなバーが出てくるのです。それが心の奥底にあったのか,根津美術館の裏側のほうで(意識して向かった訳ではないけど)先の日記に書いた(バーではないけど)なかなかいい店を見つけた。前の日記→ココ。 


屍者の帝国 [本]

2月27日晴

図書館にリクエストしていた伊藤計劃の“屍者の帝国”がやっと番が回ってきたので借り出して読んだ。
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リクエストした時は100人を超えるウェイティング、リストがあった。図書館にリクエストすると常に(当たり前ですが)ウェイティング・リストの最後になる。その一瞬、僕には(今回は)100人の敵がいると、つい浅ましくも、思ってしまうのだ。

この本は最初のプロローグを伊藤計劃が書きその設定を伊藤の死後、円城塔が引き次いで書き上げた小説だ。ちょっと長いのでファン以外の方にはあまり読まれないかもしれない。着想や設定の意外さ、スケールの大きさ(地球をひとまわりする)があって面白かった。現代を19世紀に置き換えた感じで、現代のあれはこの本のこの記述じゃないかと想像するのも楽しい。ただ、人物の名前が、有名人(ワトソンだったり、カラマーゾフだったり、レッド・バトラーetc.)だったりするのは、面白い、またユーモアも感じる反面、有名なもので人物像に先入観を持って読んでしまい、僕には煩わしかった。一般的(SFを読んでいる層ではない人達と言うことです)な評価は得られないかもしれないが、SF史上、少なくとも日本のSF史上ではエポック・メイキングな作品になるだろうと僕は評価している。(小説本体はちょっと、理屈っぽいかなと思うが)

ただ、円城塔のファンの方達からはお叱りを受けるかもしれないが、また言っても詮なき事なんだけど……、やはり伊藤計劃とは違うと感じてしまう。言葉の使い方やその他の細かい事に……。伊藤計劃の文章から、僕の感じていた“明るい無常感”が感じられない。本当に言っても詮なき事なんだけど……伊藤計劃で読みたかったと思ってしまうのだ(スミマセン円城塔様)。

ロバート・B・パーカー“我らがアウルズ”“勇気の季節”を読む。 [本]

5月15日雨 ロバート・B・パーカー“我らがアウルズ”“勇気の季節”を読む。

ガンマンものの3冊を除いてパーカーの本はほとんど全て読んだ(と思っていた)。最初の方は不良探偵だった“スペンサー”が段々と何だかマチズモの権化みたいに謹厳実直風に変化していったが、それでもパーカーは文の旨さで読ませた。“キャッツ・キルの鷲”までかな〜、ドキドキしながら面白く読んだのは。後はクリスマス・プレゼントに送られた小説みたいに発刊される度に惰性で読んでいた。主な原因はスーザンである。僕にとってはスーザンはただの勘違いおばさんとしか思えない。あんな女性をスペンサーが愛すとは思えないのだ。ジェッシイ・ストーンシリーズ、 サニー・ランドル シリーズ、は言う及ばず、チャンドラーとの共作の“ブルーススプリングフィールド物語”“夢を見るかもしれない” 関連ものの“スペンサーの料理”、“スペンサーのボストン”果ては“ロバート・B・パーカー読本”まで読んだ、勿論 惰性で。しかしパーカーは2010年の1月18日に亡くなった。その後で、僕はこの70才を超えた作者がヤングアダルト向けに書いた小説が2冊ある事を知った。

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読んで見ると、ヤングアダルトもの独特の富島健夫風“都合の良さ”を感じない事もないが、一つ決定的に富島健夫と違うのは主人公は14才の男子だが、その子に“男のロマン(書いていて気持ちが悪いが)”をセリフとして語らせているところだ。やはりパーカーはロマンチストなのだと思う。それがヤングアダルトものとうまく作用して、とてもすんなりといつもの嫌みがなく読めた。手に取った時、わくわくしながら、どんなお話だろうと期待してページをめくるという(たとえ、それが惰性であるとしても)幸せな体験が、ひとつ、僕の生活から失われてしまったのは本当に残念である

プール熱なのでニーチェを読む。 [本]

プール熱なのでニーチェを読む。

どこかのプールでプール熱をもらってきた。アデノイド口頭結膜炎。のどが痛く声もスリムクラブの大きい方みたいなハスキーボイスだ。今なら彼の物まねが出来ると家族にやって見せたら喜んだ。目も赤くかゆかったので目医者さんで診察を受け点眼薬をさす事になった。2週間はプールに入れない。プール関係の予定が無いと暇なんだなぁ僕は。で、図書館で読みたかった本を借りてきて読んでいる。最初に“キリスト教は邪教です。”を読んだ。写真はAmazonから転記した。
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読みはじめてしばらくは、適菜 収さんが書いたと勘違いしていた。“アンチクリスト”著者はニーチェだ。適菜さんの超訳だったので(だと思うが)勘違いしていた。でも面白い。一機に読める。面白いのでもう一冊、適菜さんで借り出した。
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これも面白い。確かに1時間で読める。 “キリスト教は邪教です” にはAmazonでも数多くのレビューが載っていた。その中で中学生のお子さんが “キリスト教は邪教です” を読んでお父さんに「お父さん、これは問題書や」と言っていたとあった。い〜い お子さんじゃないですか。ニーチェの見方に賛同の人も反対の人も面白いので一読をお勧めする。

ドラゴンタトゥーの女 原作を読んだ。 [本]

映画“ドラゴンタトゥーの女”が面白かったので原作も読んで見た。勿論、図書館から借り出してだが。“ミレニアム”上下巻。本でも面白い。
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映画の中でモーターサイクルが出てくるのだが、本の中では車種はKawasakiで排気量は125と書いてあった。同じく本の中で、リスベットは、それをミカエルに見せた時に排気量の小ささを彼がバカにせずにただのバイク好きの様に見てくれた事に好感を持った事が書かれている。確かにバイク乗りは自分より小さな排気量のユーザーをバカにする傾向にある。排気量の小さなモーターサイクルには大きな排気量のそれとはまた別のコントロールする面白さがあるんですけどね。しかし映画の中のモーターサイクルが、もしも原作の通りに125ccだとすると、あの映像の様な走りが出来るのかは僕には疑問である。少なくとも250ccは無いとあの走りは難しいのじゃないかな?